2019/05/09
リビング・ウイルという言葉を聞かれたことがある方は多いかもしれません。
自分が病気等で人生を終えようとする時期、つまり終末期について、
・どんな医療を受けたいか(受けたくないか)
・どんなことを大切にして暮らしたいか
・どこで過ごしたいか
・どこで死を迎えたいか
・判断能力を失ったら、誰に判断を委ねるか
・脳死になったら臓器提供を希望するか
などについて、判断能力があるうちに意思表示しておく指示書のことを言います。
つまり、「自分がどう死にたいか」を自分で決めるためのツール。素晴らしいことだと思います。
普及率は日本では5%程度ですが、リビング・ウィルの法的効力を認めるアメリカでは40%に達します。日本でも、延命治療の議論が出てきており、これから少しずつ普及が進んでいくかと思われていました。
ところがです。。
アメリカで衝撃的な研究結果が発表されました。1万人近くを対象にした大規模調査(リビング・ウイルを作成した人が、実際に自分の意志通りに亡くなられたかどうかの調査)において、せっかくリビング・ウイルを作成して残していても、殆どうまく活用されていないことがわかったのです。
その調査によって、以下のような問題点が浮かび上がりました。
・医療の緊急対応ドタバタ時に、リビング・ウイルが意識されなかったり、あるいはどこにあるかすぐに分らない
・差し迫った危機感のない時に書かれた文章では、複雑な治療選択に対応するのは難しい。
・家族や関係者とリビング・ウイルについてよく話し合われていない(書かれた内容の意図するものや背景について周囲がよく知らない)
・一旦作成されると、その後本人の病状や環境が変わっていいるのに、それが反映されず、現実にそぐわない(使えない)
→ つまり一人で考えて一人で作っても周囲がうまく活用できないことがわかったのです。
とはいえ、自分の人生だから最後まで自己決定したいというニーズは高まり続けます。
そこで、機能しないリビング・ウィルに変わり生み出されたのがACP(アドバンス・ケア・プランニング)です。これは、単なる本人の意思表示とは異なり、
本人・家族・医療者・介護者が日々の話し合いを通じて、本人の価値観を明らかにていくプロセスのことです。
プロセスですので、一度書き記したらおしまいというものではなく、日々の話し合いを通して、本人がどういう選択を望むのかということを、関係者で情報共有することです。そうすることで、本人の意思決定能力が低下したり、あるいは想定外の病状等になったときにも、周りが本人が望むであろう選択を取ることが可能となるのです。
リビング・ウイルに比べるとかなり作成のハードルが高そうな気がしますが、そうは言っていられない現実があります。日本は高齢多死社会に突入しようとしています。2025年には1年に160万人近くが亡くなります(それ以降も高止まり)。160万人といってもピンと来ないかもしれませんが、博多のある福岡市の全人口が大体160万人。つまり福岡市の全人口分の人が毎年亡くなられていく。各自治体・地域・家族において相当な混乱が予想されています。
自分がどのように死ぬかを予め家族や関係者と話し合って周知しておくことは、もはや避けて通れないことなのです。
厚生労働省は、終末期における選択決定についてのガイドラインを作っています(平成30年3月改定)。
・「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」[PDF:101KB]
・「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」解説編[PDF:210KB]
ただ、このガイドラインに従ったとしても、実際に機能するACPを作成するには様々な困難が存在します。
一番の問題は、「人は十分な情報を伝えられれば、正しい判断ができるとは限らない」(行動経済学)。ということです。この、人が合理的な意思決定から逸脱する傾向を、バイアスと呼びます。
以下にさまざまなバイアスを列挙しますね。
・フレーミング効果:
同じ内容でも表現方法が異なるだけで判断が異なる。
例)「術後の生存率は90%ですよ!」vs「術後の死亡率は10%あります」では、手術を依頼する人の数が変わる
・現状維持バイアス:
現在の状況を変えたくない(変化を嫌う)
・サンクコスト・バイアス:
ここまでやってきたのだから今更やめられないという心理
・利用可能性バイアス:
思い出しやすい記憶情報を優先的に頼って判断してしまう傾向。客観的な情報より、身近な経験を重視
例)近所の奥さんが手術を受けて失敗したから手術は危険
・ネガティブな面に目が行つバイアス。ただ人は、新しい現実に直面すると適応する力を持つ
例)「人工肛門になるなら死んだほうがマシだ」と考えていた人が、実際にその現実に直面して、冷静に考えた時に、人工肛門をつけても多少の不便さはあるものの、いままでと変わらず幸せな人生が送れることが分かると、受け入れるようになる。
つまり、難しい内容や不明確な未来について具体的な選択をするということは、間違いを犯すリスクがあるのです。
それに、「延命治療を望みますか?」と
いきなりそんなことを聞かれても具体的なイメージが全く湧きませんよね。
いや、そもそも少しでも元気に長くいきたいのに、死ぬときのことなんて考えたくもありません。
また、死について考える必要性を感じてはいても、それが「今だ」とは思えない。。
ここに終末期の選択の難しさがあります。
なので、いきなり全てを決めてしまおうとはせずに、
当面、どのような治療を選択するか
当面、どのように暮らしたいか
当面、どのような不安・心配があるか
当面、何を優先するか
という具体的な問題を通じて、意向・価値観の共有・すり合わせを(本人・家族・医療者・介護者間で)積み重ねるプロセスこそが、機能するACP作成の鍵となります。つまり、「死ぬ時はどうする?!」というヘビーな話をいきなり始めるのではなく、かと言って、先々の事について話し合うことから逃げない。地道な日々の話し合いの積み重ねと情報共有が大切なのです。
わたしも含めてですが、ぜひ皆様も一度考えてみられてはいかがでしょうか?
2019-03-20 15:07:05
自分が病気等で人生を終えようとする時期、つまり終末期について、
・どんな医療を受けたいか(受けたくないか)
・どんなことを大切にして暮らしたいか
・どこで過ごしたいか
・どこで死を迎えたいか
・判断能力を失ったら、誰に判断を委ねるか
・脳死になったら臓器提供を希望するか
などについて、判断能力があるうちに意思表示しておく指示書のことを言います。
つまり、「自分がどう死にたいか」を自分で決めるためのツール。素晴らしいことだと思います。
普及率は日本では5%程度ですが、リビング・ウィルの法的効力を認めるアメリカでは40%に達します。日本でも、延命治療の議論が出てきており、これから少しずつ普及が進んでいくかと思われていました。
ところがです。。
アメリカで衝撃的な研究結果が発表されました。1万人近くを対象にした大規模調査(リビング・ウイルを作成した人が、実際に自分の意志通りに亡くなられたかどうかの調査)において、せっかくリビング・ウイルを作成して残していても、殆どうまく活用されていないことがわかったのです。
その調査によって、以下のような問題点が浮かび上がりました。
・医療の緊急対応ドタバタ時に、リビング・ウイルが意識されなかったり、あるいはどこにあるかすぐに分らない
・差し迫った危機感のない時に書かれた文章では、複雑な治療選択に対応するのは難しい。
・家族や関係者とリビング・ウイルについてよく話し合われていない(書かれた内容の意図するものや背景について周囲がよく知らない)
・一旦作成されると、その後本人の病状や環境が変わっていいるのに、それが反映されず、現実にそぐわない(使えない)
→ つまり一人で考えて一人で作っても周囲がうまく活用できないことがわかったのです。
とはいえ、自分の人生だから最後まで自己決定したいというニーズは高まり続けます。
そこで、機能しないリビング・ウィルに変わり生み出されたのがACP(アドバンス・ケア・プランニング)です。これは、単なる本人の意思表示とは異なり、
本人・家族・医療者・介護者が日々の話し合いを通じて、本人の価値観を明らかにていくプロセスのことです。
プロセスですので、一度書き記したらおしまいというものではなく、日々の話し合いを通して、本人がどういう選択を望むのかということを、関係者で情報共有することです。そうすることで、本人の意思決定能力が低下したり、あるいは想定外の病状等になったときにも、周りが本人が望むであろう選択を取ることが可能となるのです。
リビング・ウイルに比べるとかなり作成のハードルが高そうな気がしますが、そうは言っていられない現実があります。日本は高齢多死社会に突入しようとしています。2025年には1年に160万人近くが亡くなります(それ以降も高止まり)。160万人といってもピンと来ないかもしれませんが、博多のある福岡市の全人口が大体160万人。つまり福岡市の全人口分の人が毎年亡くなられていく。各自治体・地域・家族において相当な混乱が予想されています。
自分がどのように死ぬかを予め家族や関係者と話し合って周知しておくことは、もはや避けて通れないことなのです。
厚生労働省は、終末期における選択決定についてのガイドラインを作っています(平成30年3月改定)。
・「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」[PDF:101KB]
・「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」解説編[PDF:210KB]
ただ、このガイドラインに従ったとしても、実際に機能するACPを作成するには様々な困難が存在します。
一番の問題は、「人は十分な情報を伝えられれば、正しい判断ができるとは限らない」(行動経済学)。ということです。この、人が合理的な意思決定から逸脱する傾向を、バイアスと呼びます。
以下にさまざまなバイアスを列挙しますね。
・フレーミング効果:
同じ内容でも表現方法が異なるだけで判断が異なる。
例)「術後の生存率は90%ですよ!」vs「術後の死亡率は10%あります」では、手術を依頼する人の数が変わる
・現状維持バイアス:
現在の状況を変えたくない(変化を嫌う)
・サンクコスト・バイアス:
ここまでやってきたのだから今更やめられないという心理
・利用可能性バイアス:
思い出しやすい記憶情報を優先的に頼って判断してしまう傾向。客観的な情報より、身近な経験を重視
例)近所の奥さんが手術を受けて失敗したから手術は危険
・ネガティブな面に目が行つバイアス。ただ人は、新しい現実に直面すると適応する力を持つ
例)「人工肛門になるなら死んだほうがマシだ」と考えていた人が、実際にその現実に直面して、冷静に考えた時に、人工肛門をつけても多少の不便さはあるものの、いままでと変わらず幸せな人生が送れることが分かると、受け入れるようになる。
つまり、難しい内容や不明確な未来について具体的な選択をするということは、間違いを犯すリスクがあるのです。
それに、「延命治療を望みますか?」と
いきなりそんなことを聞かれても具体的なイメージが全く湧きませんよね。
いや、そもそも少しでも元気に長くいきたいのに、死ぬときのことなんて考えたくもありません。
また、死について考える必要性を感じてはいても、それが「今だ」とは思えない。。
ここに終末期の選択の難しさがあります。
なので、いきなり全てを決めてしまおうとはせずに、
当面、どのような治療を選択するか
当面、どのように暮らしたいか
当面、どのような不安・心配があるか
当面、何を優先するか
という具体的な問題を通じて、意向・価値観の共有・すり合わせを(本人・家族・医療者・介護者間で)積み重ねるプロセスこそが、機能するACP作成の鍵となります。つまり、「死ぬ時はどうする?!」というヘビーな話をいきなり始めるのではなく、かと言って、先々の事について話し合うことから逃げない。地道な日々の話し合いの積み重ねと情報共有が大切なのです。
わたしも含めてですが、ぜひ皆様も一度考えてみられてはいかがでしょうか?
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